癒し手独神と英傑達 アマツミカボシ編2





ここ最近、琉生は社に留まっていたがだんだん息が詰まってくる。

英傑達が討伐に行っているのに、自分だけ安全な場所で悠々自適にしていることがもどかしい。

カァ君は反対すると思うけれど、今日という今日は討伐について行こうと決めていた。

誰かいい英傑はいないかと、社の出口へ向かう。

そこに、ちょうど出て行く直前の相手を見つけて駆け寄った。



「アマツミカボシ、待ってくれ」

「・・・頭か」

アマツミカボシは嫌がっているわけではないが、歓迎している様子もない。

「僕も討伐に行く、連れて行ってくれないか」

「本気か?今日行く山は悪霊の数が多いぞ」

「ワタクシは大反対です!」

どこから声を聞きつけたのか、カァ君が二人の間に割って入る。



「悪霊の動きが活発な今、外へ行くなんて危険すぎます!」

「社にずっといるのも心苦しいんだ。出先でも回復できるし」

「どうしてもとおっしゃるのなら、強靭な護衛を複数人連れて行ってください!」

「俺はぞろぞろと連れ添って行くなんてごめんだ、頭は他の奴等と行くんだな」

ふいと背を向けてしまうアマツミカボシの腕を、琉生はとっさに掴んで引き留める。



「アマツミカボシが戦っているところが見たいんだ」

真っ直ぐに見詰められると弱いのか、アマツミカボシは閉口する。

琉生は案外頑なで、意思を変えるのは難しいようだった。

「大大大反対ですっ!せめてあともう一人・・・」

騒ぐカァ君を落ち着かせるよう、琉生はそっと羽を撫でる。



「わがままでごめん。調子も良いし、小刀も持ったし・・・お願いだから、行かせてほしい」

小刀は悪霊を倒すためのものではない、自分を傷付け魔獣を呼び出すためだ。

カァ君はまだ何か言いたそうだったけれど、それは溜息に変わった。

「アマツミカボシ殿、くれぐれも、主様を頼みましたよ!」

「俺が悪霊に隙を見せると思うか?頭、行くぞ」

なんやかんやで了承を得て、琉生は上機嫌でアマツミカボシの隣についた。





訪れた山は、言っていただけあり悪霊が多い。

重装備の者、素早い者、魔術を使う者と多種多様だが

アマツミカボシの大剣から放たれる衝撃波は一気に悪霊を蹴散らし、一撃で粉微塵にしていた。

血飛沫が飛ぶこともなく、今は戦えない琉生は後ろで様子を眺めているだけだ。

悪霊の第一陣が終わったのか、周囲は静寂に包まれた。



「頭もよくこんな所に来たもんだな、危険だと思うなら帰っていいんだぞ」

「ううん、もっとアマツミカボシの勇姿を見ていたい」

「・・・物好きなことを。勝手にしろ」

今すぐ帰れ、と強くは言われない。

それをいいことに、琉生は戦闘時以外ずっとアマツミカボシの隣にいた。





山頂に近付くにつれ、悪霊の数が多くなる。

一人では厳しいかと思ったが、アマツミカボシの勢いは止まらない。

それでも、討ち漏らした一体の悪霊が琉生に狙いをつけて駆けていた。

「ッ、頭!」

来たか、と覚悟して琉生は短刀を取り出す。

だが、アマツミカボシがすかさず前に立ち塞がり、敵を粉微塵にした。



「頭が戦う必要はない、俺が傷一つつけさせやしないからな!」

頼もしいことを言われ、琉生は一瞬どきりとする。

アマツミカボシは、まだ血を得たときの魔獣の事を知らない。

そうは言っても、率先して守ってくれることに大きな喜びを覚えていた。





周囲の悪霊が一掃され、悪しき気配がなくなる。

流石に疲れたのか、アマツミカボシは大きく息を吐いた。

琉生はとっさに駆け寄り、様子を覗う。

「凄いや、アマツミカボシ。すぐ回復するよ」

琉生はアマツミカボシの手を取り、癒しの光を伝わせる。

温かな光に、アマツミカボシは目を細めていた。



「あんな短刀で戦うなど無謀だ、全て俺に任せていればいい」

「そうだね、心強かった。・・・アマツミカボシは護衛も討伐もよくやってくれてるし、お礼がしたいな。

何か、欲しいものはある?」

回復が終わっても、琉生は手を離さず問いかける。

アマツミカボシはしばらく何か考えているようだったが、思いついたように告げた。



「なら、夜も護衛をさせてくれ。悪霊の数が確かに増えているからな」

「そんなこと、僕がお願いすることなのに。じゃあ、今夜、引き続き頼むよ」

自然と告げられ、どこか物足りない感じがする。

それがアマツミカボシの望みなら断る理由はないけれど

どうせなら、少し、自分の願望も叶えたいと琉生は考えていた。









夜になり、アマツミカボシは琉生の部屋で待機する。

もう部屋には布団を敷いており、後は眠るだけだ。

「俺は外で見張りをしておく」

アマツミカボシが出て行きそうになり、琉生はとっさに立ち塞がる。

「音もなく悪霊が入ってくるかもしれない、部屋に居てくれた方が安心するよ」

一理あることを言われ、アマツミカボシは部屋の隅に腰を下ろした。

琉生は、その近くへ布団をずらして持って行く。



「おい、どういうつもりだ」

「一緒に寝たいな・・・って。・・・駄目、かな」

回りくどいことはせず、直球に要求する。

すると、案外すぐにアマツミカボシは布団に寝転がってくれた。



「断る、って言っても引きずり込むんだろ」

「そうだね。・・・ありがとう」

討伐へついて行くと言った、頑なな意思を見せておいて良かった。

琉生はほのかな高揚感を覚えつつ、隣に横になる。

アマツミカボシは、天井の方を向いたまま目を合わせようとしない。



「今日は守ってくれてありがとう。嬉しかった」

「護衛なんだから、当然のことだ」

「どんな頑丈な鎧を着た悪霊だって粉砕して、勇ましくてかっこよかったよ。

数が多くてもアマツミカボシの前では形無しで・・・」

「・・・もう、眠るんじゃないのか」

言われ慣れていないことをすぐ傍で語られて、動揺しているのがわかる。

そんな様子を見ると、また、自然と頭を撫でていた。



「ッ・・・だから、ガキ扱いするなって言ってるだろっ」

アマツミカボシは手を取り払い除け、琉生の両脇に手をついて見下ろした。

脅そうと思っているのだろうか、けれどアマツミカボシに対して何ら恐怖心は生まれない。

どうする気なのかと、黙ったまま見詰め合う。

沈黙に耐えかねたように、アマツミカボシが動きを見せた。



その身を下ろし、徐々に琉生に近付く。

迫って来るアマツミカボシに、また心臓が鳴って、目を閉じた瞬間

頬に、柔らかい感触がやんわりと触れた。



「・・・これで、もうガキみたいな接し方をしないことだ」

目を開けると、視線を逸らしているアマツミカボシが眼前に居る。

今、きっと頬に唇が触れた。

何て初々しくて、控えめな行為だろう。

けれど、それだけで子供扱いするなと言われても無理な話だ。



「頬に口付けるなんて、子供でもできる。どうせなら・・・」

衝動的に、アマツミカボシの首に腕を回す。

そして、自ら近付いてゆき、口端の際どい個所へ触れていた。

アマツミカボシの動きも、呼吸さえも一時の間静止する。

触れているのは、ほんの数秒だったが

お互いの鼓動を強めるには十分な時間だった。



何も言わないアマツミカボシに、驚かせてしまったかと琉生は離れようとする。

だが、その前にアマツミカボシは琉生の背と後頭部に手を回し体を支えていた。

睨まれているわけではなく、珍しく視線が交わる。

体を後ろに傾けることはできなくて、ただ見上げていたとき

アマツミカボシの瞳が迫り、口端ではなく、唇が塞がれていた。



衝撃的な行動に、今度は、琉生の呼吸が止まる。

自分がしたのと同じ、感情的な行為。

口端に触れたことで、崩壊させてしまった。

突然のことでも、嫌悪感はまるでない。

琉生は静かに目を閉じ、アマツミカボシに腕を回したまま身を委ねていた。



ほどなくして我に返ったのか、アマツミカボシが琉生を下ろす。

琉生が腕を解き、再び目を開けた時には、背を向けられてしまっていた。

「お・・・俺は、もう寝るからな」

今、どんな顔をしているのか見たくてたまらなくなる。

そんなことをすれば布団から出て行ってしまいそうで、ぐっと堪えた。



「お休み、アマツミカボシ・・・」

同じように背を向け、隙間なく合わせる。

その体温は、自分より高い気がして

胸の内まで温めてくれるような温もりを感じつつ、琉生は眠りについた。